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他人の発言をどう扱う(受け取る)か

(投稿日時 2006-01-30 00:15)

"「で、みちアキはどうするの?」" さんの 「言葉の詩的側面」 という記事を見た。

その記事のタイトルにあるような「言葉の詩的側面」とか、 また文章の初めに書いてあるような 「言葉を詩のように使うこと。絵や音楽のように言葉を使うこと」 という話は難しくてつっこみにくいのだけれど、 記事の大方の内容には僕が最近気付き始めたことと通じるところがあるように思い、共感している。 良いですね、こういう風に自分の考えていることを上手く表現できる人は。 こういう能力はぜひ身に付けたい。 というか、これを身に付けることが僕がブログを書く上での目的。 そんなわけで、これに関連して(or触発されて)、自分の考えていることを少しだけ書いてみる。

とりあえず人々には様々な意見があるし、ある内容に対する評価の仕方も違うから、 人の意見を否定して「改善させよう」とする行動は無意味なのかなと思う。 結局のところ、自分も含めてどの人の意見も「ある意味で」正しいし、 「ある意味で」間違っている(もしくは適切でない)から、 そういった反論によって相手の意見を自分の正しいと思う方向に持っていこうとするのは無駄というか意味の無いことなのかもしれないといったところ。 むしろそういった反論を組み立てることよりも、 自分とは違う視点でものを見ている人の考えを理解して、 その議論の対象の本質を見極める行動の方が建設的なんじゃないかなと思う次第。 最後のまとめの文、 「どちらが真でどちらが偽か、ということではなく、言葉の描き出す輪郭、言葉がなにを指し示そうとしているのか、そちらに目を向けて読んでもらえるよう期待しています」 というのは、大体そういうことなんじゃないかなと思う。 というか、僕はそう解釈している。

ところでこういう考え方は、人々の間の合意の形成が必要になるときには面倒だと思う。 そういった時には、どうしても相手の意見への反論や、ある内容の評価方法の提案が必要になってくる。

それに、そもそも僕は結局のところ、 自分と違う意見や評価方法を持つ人に出会った時、自分の意見は主張するだろうと思う。 結局、相手の意見を否定するのとやることは大差ないのかもしれない。 いや、これは相手がこちらのバックグラウンドを読み取る上で必要な情報の提供だとも言えるか?

自分でも何を考えているのか混乱中です(苦笑)

とりあえず先のサイトには他にもちょっと興味深いことが書いてあるから、 RSSリーダに登録してみました。

(当ブログ "life :: others" カテゴリ 内の記事です)

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