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読書メモ 環境会議2006秋号(1) 2006-10-06

(投稿日時 2006-10-07 00:23)

雑誌「環境会議2006秋号」のメモ。以下に述べるページよりも前の記事についてもメモを残しているが、その掲載は後回し。

環境良化は常に保護・保全と結び付けられるわけではない

宇宙時間 永井智哉「宇宙の歴史は変化の歴史 地球の進化のスピードをはるかに超える環境問題」(pp108-113)を読んだ。天文学をやっている人の空間・時間認識(どちらも膨大な範囲を扱う)から見る地球環境問題の解釈として良い記事だと思った。総括の部分から一部抜粋する。

我々人間がこうした環境問題をどう捉えるべきかを考える上で参考になる視点を、宇宙の進化の歴史を解明してきた天文学の立場から紹介しましょう。

それは、進化の歴史はまた、変化の歴史でもあるということです。これまでも、そしてこれからも変化し続けることは宇宙の理であり、単純に今の状態が一番よいと考え、それを守ろうとするのはどうかと思います。

永井智哉「宇宙の歴史は変化の歴史 地球の進化のスピードをはるかに超える環境問題」(「環境会議」2006秋号 p112)より

もちろん、永井氏は現在の環境保護に対して否定的というわけではない。環境問題の解決が、「現状を護る」ことに全て置き換えられるわけではないと指摘し、正確な認識を促しているだけだ。

単に環境を守るという前に、まずこれまでにどのような変化を経て現在の状況に至ったのか、今の状態が続くと今後どういったことが起こるのかということをきちんと整理、実感した上で、自分たちが今後どうしていくかということを考えなければならない時期に来ている

永井智哉「宇宙の歴史は変化の歴史 地球の進化のスピードをはるかに超える環境問題」(「環境会議」2006秋号 p113)より

僕は環境問題に興味があり、その解決に取り組みたいとは思っているけれど、日頃から生態系保護(いわゆるエコロジー)や種の多様性維持を唱える人に疑問を抱いている。特に種の遺伝子保存で絶滅した動物を将来復活させようなどという動きは納得ができない。その活動が必ずしも自然の「あるべき姿」を達成するとは思えないからだ。保護活動によって自然の淘汰を止めることは自然への人為的な干渉であり、それが環境破壊ともなりうるため賛成できない。そんなことを思い浮かべた。ちなみにもちろん「手を加えない」という生態系保護には賛成ですよ?

この記事にある「地球の進化のスピードをはるかに超える環境問題」という表現には僕は比較的懐疑的だけれど、何とも言えない。〈はるかに〉超えてるのかなぁ?う~ん分からんが…。

鉄の有用性

ところで話題が変わるけれど、この記事には誕生から今日までの宇宙の歴史を簡単に説明する章がある。この中で、星の内部(の核融合)でできる物質は高々鉄(Fe、原子番号26)程度であり、それよりも重い元素は星の爆発の過程でしか生まれないということを僕は初めて知った。直後の大学の授業でちょうど材料系の授業があったが、そこでも鉄に関する話題が出たので少し驚いた。鉄(とくに鉄鋼、炭素鋼)は加工によって様々な特性が引き出せて、さらに地球上にたくさんあるから化学プロセスでもよく使われるという話だった。鉄というのは案外重要なものかもしれない。

環境問題、とくにゴミ問題においても、例えばスチール缶は再循環使用(いわゆるリサイクル)がしやすいので積極利用を進めたいところだけれど、当のスチール缶の流通は減少傾向にある。アルミ缶より重いこと、ペットボトルのように持ち運べないことあたりが不振の理由だろう。いま缶としてはより多く普及しているアルミニウム(原子番号13)は鉄より軽く、従ってこれも地球内で作られるから、おそらく埋蔵量も多いだろう。ただしその再循環化などの加工には鉄よりも多くの電力が必要になるはずなので、エネルギー使用量で不利になりそうな気がする。もちろん重さの違いは輸送コストとエネルギーにも影響してくるわけだが…。

(当ブログ "life :: books" カテゴリ 内の記事です)

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