化学の実用化 - 「痛くない注射」と化学の技術
2005年10月25日に、本年度のグッドデザインの賞が選出されたようだ (詳細は 2005年グッドデザイン大賞 のページを参照)。
グッドデザイン のマークってのは今までも見たことはあったけど、大賞をはじめいろんな賞があったとは。 確かに以前聞いたことが無いでもない気がするけど、これまで全く意識したことはなかった。 2005年は 「インスリン用注射針 [ ナノパス33 ]」 というのが大賞に選ばれたらしい。
今回グッドデザイン大賞を受けたような注射針を見て、 僕はある知り合いの人が言っていたことを思い出していた。 それは、「痛みを感じずに血液検査が出来る装置」を開発することはできないだろうか、という内容の話だ。
実はこの話は、僕が大学で化学を学んでいることに関連して切り出された話題であり、 化学の技術に大いに関係している。 なぜそのような装置が化学と関係するのだろうか。 化学というのは一般に嫌われる傾向のある学問であり、 この点を説明すると、世の中における化学の役割というのも少しは分かってもらえるのではないか。 そう考えながら、この件に関する僕の意見を少し語ってみようと思う。
実はその知り合いの人というのは、小児科に勤務しているお医者さんである。 恐らく、血液検査を行おうとしたときに泣き叫ぶ子供に困っているのだろう。 もちろん子供の側としても、そのような装置で注射も無く検査が早く終わってくれれば、 楽であることは間違いない。 確かに痛みを感じないように血液検査を行うことが出来たら便利だろう。
子供の「負担」を抑えて血液検査を行うためには、採取する血液の量を減らせばよい。 極端に言えば、1滴の血液を取るだけで検査を行えれば良い。 この理由については後述する。
さて、採取する血液の量を減らした場合、従来の血液分析法では量が足りなくなってしまうはずだ。 そこで、分析の手法を変える必要が出てくる。 物質の分析(ここでは血液の分析)といえば、 化学が専門としている分野である (注:分析を実行する機械は、もちろん化学者ではなく機械工学者が作ることになるだろう。 このように、最終的な実現のためには、各方面の知識が不可欠である。 極端な例を挙げれば、電気技師がいなければ、機械を動かすことが出来ない。 ここでは、基礎技術の出発がどこにあるかということに視点をあて、 「化学が専門としている」分野であることを強調した)。 だからこそ、「痛みを感じずに血液検査が出来る装置」の成功には、 化学の知識が関係するわけだ。
さてここからは、1滴の血液だけで血液検査を行えば、 子供の「負担」を抑えることができるということについて、 もう少し詳しく触れてみる。
もしかしたら、グッドデザイン大賞に選ばれたような先を細くした注射針を使いさえすれば、 子供の恐怖も少なくなるのではないかと考える人もいるかもしれない。 しかし現実には、いくら針が細くなろうとも、 子供が恐怖を感じる度合いはあまり変化しないだろうと僕は思う(仮定する)。 子供が怖がっているのは、針の太さではなく、その尖ったかたち、 もしくはそのような尖ったものを体に刺すことそのものであるはずだからだ。
実際問題、血液検査用のために1回針を刺すだけであれば、 通常の針でも痛みを生じることはない。 このことから、子供の泣き叫ぶ理由が、「穴を開けられる」痛みによるものではなく、 心理的なものであることが説明できている(はずだ)。
よって、子供たちの恐怖を取り去るには、針の太さは関係ない。 では、子供たちの恐怖を取り去るには何が必要なのだろうか。 それは、針を刺す深さにあると思う。
それでは、針を浅く刺すことを考えてみよう。 採血の針が静脈の血液に達するためには、 せいぜい皮膚の下5mm程度の深さに到達すればよいと考える(仮定する)。 さて、いま注射の針を、その通り皮膚の下5mm程度のところにまでしか刺さないとしたら、 子供たちはどういう反応をするだろうか。 注射針とはいっても、必要な分の長さ(5mm)しかないものを考える。 これならば、子供たちはプラスチックにちょっと尖ったものが付いているもの といった印象を持ち、それほど恐怖を感じないはずだ。
僕の述べてきた仮定が正しければ、ここまでの考察から、 子供が恐怖を感じない採血のための解決方法として 「注射針の長さを短くする」ことが挙げられる。
しかし、先程言ったとおり注射針を5mmしか刺さない場合、 別の弊害が起こってしまうだろう。 それは、血液の採取できる量が極端に少なくなってしまうことだ。 注射針の刺さっている長さが少ないと安定性が悪いため、 針をずっと刺しっぱなしにしているわけにはいかない。 そのため血液の採取量が少なくなってしまうだろう、というわけだ。
血液の採取量が減ると、今までの分析の方法を変えなければならない。 前で述べた通り、物質の分析の問題を解決するのに必要なのが化学の知識である。 化学の研究者が活躍する(?)場面を、少しは分かっていただけただろうか。
(2005/11/05追記 : タイトル名変更、および言い回しが少し辺だったところを書き直した)
(2005/11/06追記 : 再び細々と校正を行った)
(当ブログ "academic :: technology" カテゴリ 内の記事です)
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